Dangerous Charms

個人の感想です

中森明菜「Stock」

オリジナル発売日:1988年3月3日

12枚目のアルバム。シングルは収録されていないが、帯にアナザー・シングルスとあるように、シングル候補として制作されたものの選考落ちしてお蔵入りとなっていた楽曲の中から勢いのあるものをピックアップしたアルバムである。歌謡ロックという目的があったのか、FENCE OF DEFENSE北島健二をそれぞれの編曲者とは別にアディショナルアレンジャーとして招いており(おそらくギター担当かな?)、そこで統一感を出している。今までのアルバムから比べるとカタルシスを存分に感じられる久々に需要が高そうなアルバムではあるが、これまでの実験が祟ったのか34万枚の売り上げにとどまった。

88年の明菜さんはのっけから何かが違っていた。1月リリースのシングル「AL-MAUJ」の時点で、それまでの深くリバーブをかけてマスクしたり、声色を変えてみたりなどといったボーカルの実験や、囁きとおらびの両極端を行くボーカルスタイルから一転、ギミックに頼らずに声のコントロールのみで聞かせるスタイルへと変化、艶かしいく響く低音や囁き、そしてキメの明菜ビブラートといった自身のボーカルの操縦法を掴んだかのような作品だった。
その後すぐリリースされたこのアルバムでも同じスタイルが採用され、10曲全てでこの艶かしい低音と明菜ビブラートが聴けるという今までのアレやコレはいったい何だったのかというアルバムに仕上がっている。実際ファン人気もかなり高いアルバムで、これかビタスイのどちらかって人が多いのではないだろうか。
というより「不思議」「CRIMSON」「Cross My Palm」で色んなボーカルスタイルの模索を続けてきたからこそ掴んだカンとでもいうべきか。

1.FAREWELL
(作詞:許瑛子/作曲:佐藤健/編曲:中村哲
2.夢のふち
(作詞:飛鳥涼/作曲・編曲:後藤次利
3.CRYSTAL HEAVEN
(作詞:YUKO/作曲:都市見隆/編曲:松原正樹
4.まだ充分じゃない
(作詞:佐藤ありす/作曲:林哲司/編曲:松原正樹
5.FIRE STARTER
(作詞:SANDII/作曲:久保田真箏/編曲:村松邦男
6.NIGHTMARE 悪夢
(作詞:大島あきら/作曲:北島健二/編曲:FENCE OF DEFENSE
7.I WANNA CHANCE
(作詞:許瑛子/作曲:鈴木キサブロー/編曲:井上鑑
8.POISON LIPS
(作詞:湯川れい子/作曲:都市見隆/編曲:新川博
9.処女伝説
(作詞:FUMIKO/作曲:原田真二/編曲:小林信吾
10.FOGGY RELATION
(作詞:永井美由紀/作曲・編曲:佐藤準

補編曲(2.3.除く):北島健二

aikoの細かすぎる話

今回はaikoの数ある売りのひとつ、カラートレイの話である。
なお、後から分かったことがあったり最新作で何らかの変化が起きた時は随時更新していく。


aikoも、最初はパッケージの形態はリリースによってバラバラであった。デビューシングルは8cm、ナキ・ムシはスリムケース、ファーストアルバムは初回盤のみ三面デジパック、花火はジュエルケース(初回盤のみ匂い玉入り)。
現在の形態である初回仕様のカラートレイは、カブトムシから始まったのだ。

ただ、この段階ではその場限りの仕様であった可能性が高いし、現在のフォーマットに安定するまでは実は初回・通常どちらもその内容に作品ごとに差異があることはあまり認識されていない。というか、気にしてる人なんていないだろうけど…。

ーーー

「カブトムシ」
初回仕様は薄いオレンジのカラートレイ、プラスチックの透明帯(ポニーキャニオンのホームページのURL表記)、三つ折りの歌詞カード(左2Pに歌詞を3曲分詰め込んでいて、一番右の両面写真の部分が初回のみ)、オレンジ色のディスクレーベル
ここから現在に至るまでのaikoのCDパッケージの基本フォーマットができた。

通常仕様は白トレイ、二つ折り歌詞カード、赤のディスクレーベル
カラートレイで下が見えないからいいやということなのか、トレイ下は全く印刷のない白地であった。通常仕様もそのままで普及品の白トレイ。わざわざ初回と通常でディスクレーベルの色を変えたり写真入れ替えているのに、トレイ下の印刷はしてくれないという謎。

「桜の時」
当時一部で流行っていた完全生産限定盤のため通常仕様が存在しない。カブトムシのフォーマットを引き継ぎつつ、今回はトレイ下にも桜模様の印刷がされていて、ディスクのセンター部分にaiko手描きのガイコツのイラストが覗いている。ちなみにジャケットに使われている和紙は手漉きで、これを制作した工房はこのシングル用だけで一年分の稼ぎになったという話がある。ディスクレーベルもピンク一色。このシングルのみ、写真が一切使われていない。

「桜の木の下」
このアルバムから、初回盤と通常盤でジャケットの写真が違う仕様が始まり、今に至る。
今では当たり前となったジャケット違いを売りにするのを本格的に広めたのはaikoなのだ。
(それまでもジャニーズ等でジャケット違いはあったが、単に複数買わせるためのものでアートワークという目的でやっているわけではなかった)
歌詞カードは何故か表紙がプラスチック板になっており、ここにタイトルが印刷されている。これが非常に傷つきやすく(製造段階で歌詞カードを入れた時にまず傷ついてるはず)、出し入れもしにくいためか後のアルバムでは採用されなくなった。トレイ下は赤一色の中に恋愛ジャンキーの歌詞があり、センターからその一部が覗いている。ディスクレーベルも赤一色。歌詞カード本文が色付きとなっている。
また、初回仕様は2001年9月20日に復刻され再出荷されたが、シュリンクステッカーがなく、カラートレイは開口部サイドが二つの丸い切り欠きのあるものへと変更された。
10周年記念による復刻リリースの際、ジャケットの文字部分が赤色になり、帯のロゴマークが現行のものに変更(夢道を除く復刻盤で共通)。

通常仕様はジャケットにタイトルがなく、帯に書かれている。インレイには何故かaikoの文字が。ディスクレーベルはインレイの写真を赤1色でモノクロ印刷したもの。歌詞カード本文は色なしとなっている。
そして「恋愛ジャンキー」の歌詞は帯の裏面にあるため、発売当時、中古店での買取価格に帯付きか否かで価格差があった。

「ボーイフレンド」
ジャケット写真は同じであるものの初回仕様は上質紙を使った三つ折り歌詞カード、インレイもカラートレイと同じ色で、センター部分にはaikoが描いたテトラポットのイラストがある。

通常仕様は紙質を下げた二つ折り歌詞カードで、裏ジャケットの写真が違う。その後も、初回仕様と通常仕様でジャケットは同じでも裏(含めたその他全部)が違う「裏ジャケ違い」が「おやすみなさい」「アンドロメダ」「花風(ただしタイトル文字の色は違う)」「三国駅」「向かいあわせ」で発生している。
ちなみにこのシングルの通常仕様のみ、帯がない(花火の初回仕様にも帯はないけれども)。裏にバーコードを印刷したシールが貼られているだけである。
通常仕様はカラートレイなしでも見た目をそれっぽい感じにするべく、左の隙間部分はトレイと同じ色で、初回仕様の帯と同じ位置にURLが書かれている。(ちなみにバックインレイには初回仕様にはない写真がある)
おそらくこれを見せるために帯なしにしたと思われるが、別に帯を付けても同じことはできるので今回限りの採用となった。ディスクレーベルは共通で、aikoの写真が色抜きで印刷されている。

今では殆ど覚えている人はいないが、実はシングルで唯一初回仕様が再出荷されている。シュリンクステッカーがなく、トレイの形状は同じである。リリース当時はそのことに触れているファンサイトもあったが、個人サイトという文化が消滅しまくりの現在ではそのことを証明しようもない。ネット時代の盲点である。ちなみに筆者は未開封で所有している。

「ナキ・ムシ」
元々はセカンドシングルだが、2000年12月15日に小さな丸い好日と共に再発(同一品番のためどちらも再出荷扱い)。スリムケース仕様だったパッケージがジュエルケース仕様となり、初回プレス分のみカラートレイ仕様になっている。(それならアルバムの方も合わせてカラートレイにして欲しかった…)
ジャケット・歌詞カード・ディスクレーベルともに初回・通常で共通。初回仕様のみカラートレイで、インレイの印刷がピンク1色という違い。通常仕様は何故か帯にもインレイにもURLの記載がない。通常仕様のインレイは全面が空の写真らしきものになっている。
また、シングルではこの作品以降、現在に至るまでカラートレイが右側に二つの切り欠きがあるものへと変わった。
(この半円の切り欠きは、初期のジュエルケースの歌詞カードのストッパーが丸かったことの名残)

「初恋」
ここから初回仕様の歌詞カードが8Pのブックレット形式となり、更に裏ジャケットには曲目のみで他に価格や注意書きの文字が一切ない仕様となった。ただしどこかに書いてないとダメらしく、ブックレット内部にそっくり移っている。
ディスクレーベルはカラートレイと同色の上にaikoの写真がモノクロで印刷されている。
帯のURLがポニーキャニオンから独自ドメインの公式サイト(aiko.can-d.com)へと変わった。

通常仕様は三つ折り歌詞カードで、ディスクレーベルは一色のみ。

これが、現在まで続くaikoのシングルの共通仕様である。

「初恋」「ロージー共に、通常仕様はボーイフレンドから引き続き帯を取ってもカラートレイっぽく見せるためにインレイのヒンジ部はカラートレイと同色の印刷でURL付き。
ちなみにロージーの通常仕様の歌詞カードは、縦に構成されている。

「夏服」
初回仕様はインレイにもカラートレイで見えないが写真がある。そしてこのバックインレイにはある仕掛けがあって、この作品以降現在まで全てのアルバムの初回仕様で同じ仕掛けとなっている。
カラートレイは切り欠きのないものを採用(一部出荷分に切り欠きあり)。
また、このアルバムにも初回仕様の再出荷バージョンが存在する。前作と同じようにシュリンクステッカーがなく、カラートレイに切り欠きがある。
10周年記念による復刻リリースの際、ジャケットの文字色が黄色に変更された。

通常仕様は歌詞カードの中は共通、インレイにURLの記載がない。
「夏服」の歌詞は前作と同じく帯の裏面に。例の写真もここで小さいけれど見ることが可能。

「おやすみなさい」
このシングル以降、インレイは全面が写真となった。URLの表記は残っている。

「あなたと握手」
このシングルのディスクレーベルは、カラートレイの色とは違う白である。何故かというと初回仕様と通常仕様でイメージカラーが変わっており、どちらにも共通させるためだと思われる。
とはいえ通常仕様だけ色を変えれば済む話であるため、トレイとディスクレーベルの色が違うのは今回のみとなった。三国駅・KissHug・もっと等、初回仕様と通常仕様でイメージカラーが変わる場合はディスクレーベルの色もちゃんと変えてある。

「秋 そばにいるよ」
先行シングル「今度までには」と共に、初回盤と通常盤とで品番が違う。この2つだけそうなった理由は不明だが、当時は大した仕様でもないのに初回盤と通常盤で品番を変えてプレミア感を演出するのが少し流行ったのでポニーキャニオンもそれに乗っかったと思われる。
初回盤と通常盤とでは歌詞カードの裏表紙の写真も違う。
カラートレイは右側に切り欠きのないものを採用。(夏服と同じく、一部出荷分に切り欠きあり)
10周年記念による復刻リリースの際、ジャケットの文字色が黄色に変更された。

「蝶々結び」
このシングル以降、トレイ下の左側にURLが記載されることがなくなった。

「えりあし」
とうとうaikoにもコピーコントロールCDの魔の手が…。
とはいえ、パッケージには極力手を加えないように配慮してデザインする旨が公式サイトに採用発表とあわせて記載された。実際シュリンクステッカーにロゴマークや注意書きがある以外は表面的には全く分からない。
各社CCCDを採用してからは帯にドカーン、裏ジャケにドカーン、下手すりゃ初回特典のスリーブケースにCCCDのマークや注意書きがドカーンとお下品に主張してしまっていたというのに、ポニキャは女王に忖度したのか、ほぼ分からないようにデザインをした。
(ちなみにスリーブケースの件は上戸彩のシングル…ってポニキャじゃん!なにこの女王と王女の扱いの差!そういえば同じポニキャの市川由衣も…)
歌詞カード内部にも注意書きが記載されることとなったが、極力小さな表記となっている。
元々あったCDの注意書きとかルーペがないと読めないレベル。最初っからこのくらいでいいよ邪魔だし。

現在aikoCCCDは全て通常のCDへと戻されて出荷されているため、この歌詞カード内の注意書きも存在しない。
また、カラートレイがCDDAのロゴマークのないものに変わった影響かどうかは不明だが、素材に少しチープさを感じるように…。

「暁のラブレター」
このアルバムから、歌詞カード内の写真も初回仕様と通常仕様では全て違うものになった。
トレイが最初から切り欠きのあるものが採用されている。
10周年記念による復刻リリースの際、ジャケットの文字色が紫色に変更された。また、CCCDから通常のCDに戻されており、歌詞カード内のCCCDについての注意書きがなくなっている。リマスタリングもされた(SACD盤と同一)ので音質もかなり変わった。

「あした」
8cmシングルとしてリリースされたメジャーデビューシングルが、2007年3月21日にマキシシングルとして新装発売。フォーマットが変化したため正式な再発盤となった。
もちろん初回仕様のみカラートレイ。
ジャケットやディスクレーベルは初回・通常で共通だが、今回はナキ・ムシと違って初回仕様の恒例・何も書いてない裏ジャケットのため、初回仕様のみ価格等は歌詞カード内に表記されている。一見同じ歌詞カードではあるが微妙な違いがある。ロージーと共に、歌詞は縦構成。

戻れない明日
このシングルから、ボーイフレンド以降続いていた裏ジャケットのタイトルとアーティスト名の記載(両A面シングル除く)がなくなった(何故か向かいあわせの通常仕様にだけ復活)。

恋のスーパーボール/ホーム」
遂にaikoも複数商法へと…。ジャケットとカラートレイの色違いという、いつかやりかねないと思っていたaikoならではの手法。
色違いの関西限定仕様盤はホームが1曲目となり、カラートレイの色は阪急電車の車体カラーである、阪急マルーン。正直言ってオリジナルの初回仕様よりいいデザイン。

「まとめ」
初めてのベストアルバムは2枚同時発売。初回仕様は分厚い立派なボックスと、ラジオと新曲と別アレンジ曲を収録した特典CDが付いている。
もちろんいつものカラートレイも健在であるが、透明の帯は付いていない。
通常仕様もスリーブケースに入っている。
ちなみにディスクレーベルはレコードを模したデザインだが、初回仕様はピクチャーディスク、通常仕様は普通のシルク印刷という違いがある。
これで同一品番お値段据え置き2800円。おトク。
ソニーなら3900円にするぞ絶対。

「Loveletter/4月の雨」
遂にシングルでも特典商法へと…。外付けではあるが、初回仕様に今回もラジオCDが付いている。とはいえ相変わらず品番も同一のまま、お値段も据え置きのお得仕様。これソニーなら安くても1500円とか取るぞ絶対。更に、4月の雨は先行で配信リリースされていたことを理由に4曲収録という豪華さ。これソニーなら(ry
シュリンクステッカーにあるからいいやと思ったのか、帯にバーコードが印刷されていない。

更に曲順・ジャケット・カラートレイ違いの複数商法が再び。今度はツアー会場限定盤で、ピンクのカラートレイとなっている。通信販売でも入手可能だった。一般販売がなかったためかこれだけ品番がPCCAではない。

泡のような愛だった
初回仕様と、通常仕様の初期出荷分それぞれに内容の異なるラジオCDを付けるというコンテンツによる複数商法を初めて展開。お値段据え置き・同一品番ではあるが、通常仕様の初期出荷分だけはISBNが違っている。
また、見えないからいいとでも思ったのか初回仕様の裏ジャケットには何故か曲目の表記がない。

「あたしの向こう」
このシングルからURLがaiko.comに変わった。今まで誰かがセカンドドメインを使ってたのが契約切れで使用可能になったのだろうか?

「May Dream」
とうとう大々的な複数商法へと…。
初回盤A・B・Cと3つに渡って展開、AとBはツアーを丸々収録したBlu-rayもしくはDVD、Cにはライブアレンジによるセルフカバー4曲入りCD。これはかなりアレだぞ…。
もちろんカラートレイは健在でAもBもCも同じ仕様ではあるが、AとBだけジュエルケース2枚あるために、クリアスリーブケース仕様となった。そのため透明の帯がなく、いつものURLはクリアスリーブケースに書かれている。
初回盤Cにだけいつもの帯が付いている。
さすがにBlu-rayやDVD付けたらお値段据え置きにするわけにもいかずAは5000円Bは4500円となってしまった。据え置きはCだけ。
ここまでやってるのに品番は共通。何故か初回盤C、B、Aの順番で品番の末尾にW、X、Y、と付く。

「予告」
このシングルで初めてURLの位置が下に変わった。
今まではカブトムシ以降続いていた、縦にした時に見る前提の位置となっていたが、これからは横にした時に見る前提の位置となった。つまり縦にすると字が逆さまになる。これはつまり、縦のデザインはもうやらないということなのだろうか…?
以降、ストローと青空、そしてハニーメモリーで同じ仕様。

aikoの詩。」
これが一番の問題作かもしれない。
豪華な80Pブックレット、ボックス仕様は永続というアーカイブスらしい作りにもかかわらず、初回盤はカラートレイ仕様とDVDが付く。
DVDは外付けとなったが、カラートレイは4枚組用のケースの両端のトレイが赤と青の2色付いただけ。間のつなぎの部分は透明。
これはちょっとなぁ…。
aikoのカラートレイは見せるデザインとして成立させているからこそ、それが売りにもなったわけでしょ?miwaやDISH//がカラートレイを真似ても続かなかったのは見せるデザインにしなかったというのも大きいと思う。
なのにパッケージの形態がまるで違うのにトレイだけお義理でカラーにされても…それに赤と青、もうダブってるし…。
値段跳ね上がってもいいので、初回仕様だけは別々のジュエルケースにして4色のカラートレイ仕様にして欲しかったな。これならファンも嬉しいでしょ。
それにaikoのCDに映像付けても売上枚数に貢献しないことはMay Dreamで証明済み…。

「ハニーメモリー
通常仕様の帯にアーティスト名とタイトルが印刷されている。これは桜の木の下以来のことである。

「どうしたって伝えられないから」
初回限定盤はMay Dreamと同じ仕様でBlu-rayもしくはDVDが付属するが、初回限定盤Cはないので透明帯の存在しないアルバムとなった。
更に秋そば以来の品番違いになっていて、初回限定盤AはPCCA-15003、BはPCCA-15004、通常盤はPCCA-15014である。
初回限定盤のCDにはAとB両方の品番が印刷されている。また、裏ジャケの仕掛け(圧着はがきと同じ仕組み)を作る工場の機械が故障で製造できなくなってしまったらしく、今回は違う方法で作られているらしい。

「ねがう夜」
シングルでは初めて初回盤にライブ映像(Blu-ray)が付属する。そのためクリアスリーブケース仕様となり、透明帯がつかない最初のシングルになった。また初回盤と通常盤で品番が別となるのは「今度までには」以来。当然値段は跳ね上がり、3630円に…。別に売られるよりはお得とはいえ、これからは映像付きが常態化していくのだろうか…?

「星の降る日に」
再び初回盤が映像付きとなったが、DVD付きの初回盤Bが追加され、これによりシングルでは初めてとなる初回盤2形態仕様となった。おそらく映像メディアのBlu-ray移行が進んでいない影響で、DVD付きの需要があるためと思われる。


ーーー

これからも、もしかしたらaikoの初回仕様は変化していくかも知れないし、時代の流れでCDを出さなくなるかも知れないし、カラートレイもいつまで続くか分からない。
まあ、20年以上同じ仕様を続けているだけでも驚異だと思いますけどね…。
最初買ってた頃は2、3年くらいでやめるだろうなーくらいにしか考えていなかった。まさかまだ続くことになるとは…。そして買い続けている自分…。

中森明菜「Cross My Palm」

オリジナル発売日:1987年8月25日

12thアルバム。
87年にリリースした唯一のアルバム。
(CD'87が既にリリースされているが、これは作品としては特殊なため除外)
全曲英語歌詞による作品のためか、34万枚の売り上げにとどまった。

普通日本人が英語による歌唱で作品を出すとすればそれは海外市場を視野に入れたものか、オサレな洋楽風気取りによるもののどちらかである。
事実、松田聖子は海外リリースには至らなかったものの85年にSEIKO名義で英語アルバムを出しているし、独立後に海外進出にチャレンジしている。その前にもピンクレディーが海外進出したことは有名である。
海外進出といえば大抵、一定の成功を収めた者が、国内でこれだけ成功したのだから次は海外だと向こうものの音楽に挑戦するものの、あまり相手にされないで戻ってきたらその間疎かにしていた国内の客にも逃げられて…という悲劇がつきものである。
そりゃ、日本で受ける要素と海外で受ける要素に大きなギャップがあるのだから当たり前といえば当たり前だし、うまい具合に向こうに合わせた音楽を作れたとしても、わざわざ外国人の「上手な偽物」を買わなくても国内にいくらでも「本物」が転がっているのだから、選ばれるわけがないのだが。
(ひとつの例としてビヨンセのCrazy in Loveを挙げる。あれを「歌」として日本の大衆は受け入れないだろう。宇多田だMISIAだと騒がれはしたが、結局受け入れられたのは「歌謡曲」としての部分である)

結果的に上手くいった例を見てみたら「あちらでは見られないもの、かつあちらの人にとっても理解できる要素があり面白いもの」のようである。それを考えたらピチカート・ファイヴやBABYMETALが受けたのは頷ける。あとは「あちらでも受けたアニメ主題歌」とタイアップされると興味を持たれるようだ。UTADA名義で成功しなかった宇多田ヒカルが後に通常名義でビルボード入りできたのはエヴァ経由によるものだろう。

話がズレたが、今回取り上げる中森明菜のアルバムはそのような海外進出を目論んだものでは全くない。
デビューしてから早い段階で彼女には英語で歌いたいという願望があったようで、それをようやく実現させたのが本作ということだ。
ディレクターにとっても実験作という認識だったようで、この作品で云々というよりこれによって彼女がこの先どういう風に化けていくかということの方を重要視して制作していたようである。

そう、上に書いたようにこのアルバムでも明菜さんはまたしても実験に走ったのである。
つまり、歌詞が英語というだけにとどまらず、シングルでは毎度お馴染みのあの歌声を全く聴くことができないアルバムだ。
この頃のファン、よく付いてったな…と思うことしきりである。シングルの方では2月にTANGO NOIRでファンも安心の明菜ビブラートをサービスしていたからいいものの…。
アルバムのコンセプトとしては、当時の洋画サントラはヒット曲のコンピレーション盤のような構成になっていて「フットルース」や「トップガン」が日本でも大ヒットしていた。それをひとりで再現できないか?というものだそうだ。
だから「不思議」では思いっきり歌ったものをミックスでいじくり倒し、「CRIMSON」ではミックスは普通だが全編に渡って囁くように歌い、今作では1曲ごとに歌い方をガラリと変化させるという手法となった。
つまりシングルでは大衆に浸透した「中森明菜の声」をアルバムではあえて壊す方へと動いていたのである。レコード大賞受賞するほどの歌手としての絶頂を迎えながら、それと同時に実験を繰り返すという胆力には驚くほかないが、それが今となっては珍しくもない手法なのだから彼女のセンスに脱帽しながら聴き入るのが正しいやり方である。

このアルバムでも実験作の宿命として英語の発音をあげつらう声が少なくないが、そもそも外国人に聴かせることを最初から考慮していないアルバムなのでそれは的外れな批評であるし、ネイティブ並みの発音を後から身に付けるのは土台ムリな上に、たとえ出来たとしても洋楽リスナーはそれなら最初っから洋楽聴くでしょ。
あくまで「それっぽいアルバム」として楽しむのが正解なのだ。

1.CROSS MY PALM
(作詞:Barrie Corbett , John De Plesses/作曲:Chris Morris)
2.POLITICAL MOVES
(作詞・作曲:Julia Downes , Roger Bluno , Ellen Schwartz)
3.SLAVE FOR LOVE
(作詞・作曲:David Batteau , Don Freeman)
4.EASY RIDER
(作詞・作曲:David Batteau , Danny Sembello , Gardner Cole)
5.MODERN WOMAN(FEMME D'AUJOURD'HUI)
(作詞:Janne Mas/作曲:Romano Musumarra , R.Zaneli/英語詞:Linda Hennrick)
6.THE LOOK THAT KILLS
(作詞・作曲:Biddu , Winston Sela)
7.SOFT TOUCH
(作詞・作曲:Steve Skaith , Steve Jeffries)
8.MY POSITION
(作詞・作曲:Tony Humecke , Jenny Batteau , Robin Lane)
9.THE TOUCH OF A HEARTACHE
(作詞・作曲:Jill Colucci , Roger Bluno , Ellen Schwartz)
10.HOUSE OF LOVE
(作詞・作曲:Sandy Stewart)
11.NO MORE
(作詞・作曲:Steve Skaith , Steve Jeffries)
12.HE'S JUST IN LOVE WITH THE BEAT
(作詞・作曲:Roy Freeland , Roger Bluno , Ellen Schwartz)

中森明菜「CRIMSON」

オリジナル発売日:1986年12月24日

11thアルバム。
問題作「不思議」に引き続いて、シングル収録なしのオリジナル・アルバムとなった。明菜史上というか、アイドル史上というか、J-POP史上でも異色作の「不思議」に続いてリリースされたのは、それと打って変わって「フツー」な「歌もの」としてのアルバム。
「不思議」は人を選ぶ作品だとさすがに分かっていたのか、次はもっと分かりやすい内容のものを出そうという意識があったらしく、ビタスイやダシオシミの次の一手としては正しい、アダルティーな領域に踏み込んだシティ・ポップ・アルバムである。
作曲家が竹内まりや小林明子のふたりに限定されたのも、当時の「都会の大人の女の恋」を表現するにはユーミンに次いでこの人たちがベストだったのだろう。
ジャケットやリーフレットの写真はニューヨークで撮影されたモノクロの明菜さんで統一されている。ジャケットから音源に至るまで完全にトータライズされた、明菜絶頂期を象徴する作品といっていい。
実際にこの路線が待たれていたのか、ダシオシミ以来の60万枚のヒットとなった。

…とここまで書けばいいアルバムのようであるが、それだけじゃ終わらないのが中森明菜のアルバムだ。この作品も、不思議に次いで…というか、ある意味では「不思議」よりも問題作となっている。

「不思議」ではフル・スロットルで歌ったボーカルを、ミックスで思い切り引っ込ませてみたり、リバーブだけ残してみたりという実験をしていたが、このアルバムではミックスは普通なものの、ボーカルをわざと蚊の鳴くような細い声で歌っているのである。しかも9曲も続けて。
曲だけ聴けば80年代のアダルティーシティ・ポップであるのに、このボーカルの特殊さでまたしても問題作にしてしまった。
この判断は当たり前だが中森明菜本人によるもの。アレンジャーの椎名和夫氏が止めても断固拒否してこのボーカルを押し通したという逸話がある。

それでも、これだけならまだ「明菜ちゃん実験してみたかったんだね」で済むのだが、問題はそれだけに留まらない。
楽曲提提供した竹内まりやが87年に「駅」と「OH NO,OH YES!」を「REQUEST」にてセルフカバーしたのだが、この「駅」でひと騒動起きてしまう。
それは94年にリリースしたベスト盤「Impressions」の山下達郎によるライナーノートが発端で、ここで他の楽曲提供者は名前を明記してあるのに「駅」のみ「さるアイドル・シンガー」と表現し、「アイドル・シンガーがこの曲に対して示した解釈のひどさに、かなり憤慨していたこともあって」と憤りを見せ、更にそれが竹内まりやにセルフカバーを提案した動機(つまり自分でアレンジしたくなった)とあったからだ。
これにより、明菜ファンと竹内ファンの間で対立構造のようなものが生まれてしまい、「駅」論争を巡っては未だに事ある度に蒸し返されることもあるしこりとなって残ってしまった。

私は元々竹内まりやファンで、Impressionはとっくの昔に買って愛聴していたのでこのライナーも知ってはいたが、それが中森明菜だと気づくのはかなり後になってからだった。
自分で歌うつもりのなかった竹内まりやを説得してまでセルフカバーさせたかったのはこの曲に思い入れでもあったのかな、くらいにしか考えてなかったのだが、実は私はこの曲が竹内まりやの中であまり好きな部類ではなく、最後に収録されている上にタルめのバラードということもあって曲が始まる前にCDを止めてしまうことも1度や2度ではなかったからだ。
ずいぶん後になって中森明菜バージョンを聴くことになるのだが、好きになれなかった理由が何となく見えてきた。あまりにも湿り気がありすぎて、他の曲と齟齬があったからだ。私は「もう一度」とか「家へ帰ろう」みたいな曲でファンになったので。
明菜版は、あくまでも日常の見逃してしまいそうなさりげない、ドラマにもならなさそうなドラマ、というかドラマですらない、個人的な内面の吐露を切り取った曲なのであえてこう歌ったのだな、というのが聴いてて分かる。

まりや版は、ヤマタツさんが気合い入れすぎたのか大げさなストリングスを入れていて何だかものすごいドラマ仕立てにしてしまっている(この曲でイタリア風ってなんなの…?)。
まりやさんのボーカルは元々明朗としているので、何とか明るくならないように歌ってはいるのだけどどうしても明朗、堂々とした「皆さん、いま私、悲しみの真っ只中にいまーす!」みたいな歌唱になっていて、夫婦共々、歌の世界とは関係ないところに曲を飛ばしてしまった印象だ。元々歌うつもりがなかったのだから仕方ないとはいえ、何だか駅前とか車内で人目も憚らずベソベソ泣きじゃくってるみたいなんだよね、まりやバージョン。そういうベタベタなところが大衆受けするのは分かるけど、そんなことしてたら元恋人に気づかれるぞ。それとも気づいて欲しかったのか。

更にみっともないのが、後年ヤマタツさんがこのライナーに少なからず批判でもあったのか「あれはスタッフに対する意見」とか何とか言い訳じみた発言をしてしまったことだ。
知っての通り、中森明菜は「不思議」からセルフ・プロデュースに移行しており「CRIMSON」も当然セルフ・プロデュースである。このボーカルを選択したのももちろん中森明菜。スタッフがこんなアルバムにするわけないでしょ。そして、竹内まりやに「この曲が書けたのは明菜ちゃんのおかげ」とフォローされる始末。
実際その通りで、中森明菜への提供で始めて手がけた不倫路線がこの後自身の大ヒットへと繋がっていくのだから、夫婦は中森明菜に足向けて寝られないわけですよ。

まあ本人たちはいいとして、何より嫌なのはこの夫婦のファンの痛々しさ。山下達郎竹内まりや共々素晴らしいアーティストなのは事実だが、才能の割にスキャンダルもなく性格的な問題もなく、あまり嫌われる要素のないアーティストのファンとなると叩かれる機会がないせいか、増長しやすいのだろう。夫婦史上主義となってしまい、明菜版の駅(だけにとどまらないが)に対する口汚いバッシングを目にしたのは5回や6回じゃない。まあ明菜さんに留まらないけどね。Mariya's Song Bookへの「下手くそだらけ、やっぱりまりや最高」みたいな批判もかなりあったし。
ちょろっとネットの海を漂ってみれば出所不明の陰謀論めいた話まで出てくる始末。これをみんなある程度の年長者がやってるというのも更に怖いが…。しかもこのアルバムに半分曲を書いてる小林明子に対しても「小林曲は駄作」とまで言う奴も。一体何様なんだか。
ヤマタツさんのライブでも、頼んでもないのに勝手にクラッカー配りまくって鳴らすようなのとか、勝手にカウントして演奏の邪魔をしたりとか、しまいには本人に怒られるような奴がぞろぞろ来ているようだし。うーむ、ファンの質とアーティストの質にここまでギャップがあるというのも考えものですな。

…すっかり話が脱線したが、つまり「CRIMSON」は「不思議」に続くコンセプト・アルバムということだ。ボーカルが殆ど細く小さくなっている理由は、冒頭のSEと最後の「ミック・ジャガーに微笑みを」のSEで理解できる。
最後のこの曲だけ、いつもの明菜歌唱でレコーディングしているのだが、かなり大胆な編集がされている。これは是非聴いていただきたいのだが、つまり、このアルバムはレコードの中にいる主人公がテープで聴いているBGMだった、という仕掛けである。それを考えると、9曲目までは主人公の鼻歌だったから小さかったのだ、と解釈できなくもない。しかしレコード売ってナンボな立場の歌手がこんなメタフィクショナルな構造のアルバムを出すとは。

いずれにせよ、「駅」だけを切り取ってああだこうだ言っていい作品ではないのである。あくまで「駅」はこのアルバムに入った1曲に過ぎないのだから。

1.MIND GAME
(作詞:許瑛子/作曲:小林明子/編曲:鷺巣詩郎
2.駅
(作詞・作曲:竹内まりや/編曲:椎名和夫
3.約束
(作詞・作曲:竹内まりや/編曲:椎名和夫
4.ピンク・シャンパ
(作詞:三浦徳子/作曲:小林明子/編曲:鷺巣詩郎
5.OH NO, OH YES!
(作詞・作曲:竹内まりや/編曲:椎名和夫
6.エキゾティカ
(作詞:湯川れい子/作曲:小林明子/編曲:鷺巣詩郎
7.モザイクの城
(作詞:FUMIKO/作曲:小林明子/編曲:鷺巣詩郎
8.JEALOUS CANDLE
(作詞:吉元由美/作曲:小林明子/編曲:鷺巣詩郎
9.赤のエナメル
(作詞・作曲:竹内まりや/編曲:椎名和夫
10.ミック・ジャガーに微笑みを
(作詞・作曲:竹内まりや/編曲:椎名和夫

中森明菜「不思議」

(2021年追記:EUROX関根安里さんのYouTube動画がアップされ、不思議について語っているので内容を一部訂正)

オリジナル発売日:1986年8月11日

中森明菜10thアルバム。
ディレクターとそろそろコンセプトアルバムを作ろうという話を以前からしていて、それがようやく実現し中森明菜本人によるプロデュースの元で制作されることとなった。
シングルなしの新曲のみで構成されたため、売り上げは46万枚ほど。

当時のアイドルのお作法としてシングルなしのコンセプトアルバムを一度はやりたいのは分かるし、最初のセルフプロデュースでアレコレとアイデアが出てくるのも分かるけど、何故いきなりこれなのか。しかもBESTとDESIREが大ヒットした直後の新作がこれなんて今でもかなり挑戦的というか、もはや喧嘩腰だ。

このアルバムは何て言ったらいいのか…フュージョン発、ニューウェーブシューゲイザー経由、音響派ヴィジュアル系着みたいな…そんな感じ…だろうか?
良くも悪くも有名なアルバムなので語り尽くされた感はあるけど、何よりまず「声が遠い・聞こえない・なんて歌ってるか分からない」のである。
例えるならばお風呂で熱唱している人の歌声を外から聴いているようだと言えばいいのか…歌声がバックトラックに埋もれっぱなしで、時たま「ああああ」「おおおお」という咆哮だけが、ボーカルの音量が最大になってはっきりする。
ボーカルのみだけでなく、楽器全体が深くリバーブをかけられているせいか、やたら気持ちよく低音が響くために、ひたすら音だけをずっと聞いていたくなるほどだ。

とにかくレコード大賞受賞者である大人気歌手中森明菜がそれまでの活動を総括した「BEST」を出した次のオリジナルアルバムなのに、これですか?と言いたくなる。音だけ聴いたら、ビタスイとダシオシミの次として手堅いクールなサウンドなのだが、そこに何故かゴスとホラーがぶち込まれてこんなことになってしまった。
キャッチコピーが「三回聴いて、『謎』深まる。」と「ウロコが目から飛び出して、耳のタコまで踊り出す。」だったのも分かる。ワーナーの宣伝担当の人たちも、いったいこんなアルバムをどう売れというのか、なんて頭を抱えたに違いない。

ジャケットからして、顔が殆ど隠れる黒装束を纏い、妙なメイクをした不気味な明菜さんがこちらをじっと視ている。帯を外せば文字がどこにもないので誰の作品なのか分からない。
そして裏ジャケットは、曲目がなぜ中国語表記になっているのか。ワケ分からない。
歌詞カードもオールカラーの12P仕様なのだけど、まるで大雨の中に佇んでいるような薄暗い中にマスカレードのマスクのようなものがボンヤリと浮かんだ写真がひたすらあるだけで明菜さんの顔など一切ない。
これがCDだと16ページなのだから更にヤバい。当時のCDはオールカラーの歌詞カードは珍しかったのに、まさかこういう作品でカラー印刷をしてしまうとは…。
更に、歌詞と共に手書きで中国語の対訳が載っているのが意味不明さにトドメを刺す。何これCoccoの歌詞カード(英訳)先取り?
別に中国市場に乗り出すわけでもないし、そもそもジャケットはシルクロードだかどこだか分からない場所だし、衣装の参考になったのはハワイの人形らしいし、サウンドはヨーロッパだし、何なのこの無国籍感。
とにかく「不思議」というコンセプトをサウンド・ビジュアル両面から実現すべく、明菜さんが思いつくだけのアイデアをぶち込んだのだろうが、それを説明する注意書きのようなものをペラ紙一枚でも入れてあげた方がよかったのでは…と思ったりもする。

そのサウンドに関しても、曲目からアレンジから二転三転した。予定されていた収録曲と、実際の収録曲が大幅に変更になっている。初期に告知された収録予定曲は以下の通りだったという。

【A面】
Fire Starter
燠火
蒼いTwilight Rain
赤い不思議(ミステリー)
危ないMON AMOUR
【B面】
マリオネット
ガラスの心
赤毛のサンドラ
Teenage Blue
不思議
Fin


ここから察するに、このアルバムの初期コンセプトは「赤と青」だったのだろう。タイトルに赤と青を込めた曲が、それぞれ2曲ずつ入っている。
この内容でレコーディングはしたのか、それとも選考段階だったのか、そしていつ収録曲が入れ替わったのかは分からないが、後に世に出た作品もあるので制作自体は進んでいたのだと思う。
しかし、ディレクターが同じだったEUROXとの邂逅が大きなきっかけとなって今の形へと変化していく。関根安里さんご本人がYouTubeで、制作には当初から携わっていたことと、EUROXのデモを偶然聴いた明菜さんが「歌いたい」と言ったことが関わるきっかけになったこと等の証言をしている。
ミックスダウンまで終了したが「不思議じゃない」と再度やり直しになったエピソードもEUROXによるもので、最初のミックスは88年リリースの「Wonder」に近いものだったという。
そんなこんなで当初2月頃には出るはずだった予定から延びに延びてリリースされたのは8月になってからであった。

最終的には表題作すらオミットされ、4曲のみを残して後は全て入れ替わっている。外された曲たちは後にシングルになったり別のアルバムに入ったりしたが、「蒼いTwilight Rain」と「赤毛のサンドラ」だけはお蔵入りのままである。別のタイトルに生まれて変わってリリースされた可能性があるけど、今となっては知りようもない。

1.Back door night
(作詞:麻生圭子/作曲・編曲:EUROX)
2.ニュー・ジェネレーション
(作詞:竹花いち子/作曲・編曲:EUROX)
3.Labyrinth
(作詞:麻生圭子/作曲・編曲:EUROX)
4.マリオネット
(作詞・作曲:安岡孝章/編曲:EUROX)
5.幻惑されて
(作詞:吉田美奈子/作曲・編曲:EUROX)
6.ガラスの心
(作詞:SANDII/作曲:久保田真箏/編曲:井上鑑
7.Teen-age blue
(作詞・作曲:吉田美奈子/編曲:椎名和夫
8.燠火
(作詞・作曲:吉田美奈子/編曲:吉田美奈子椎名和夫
9.Wait for me
(作詞:SHOW/作曲・編曲:EUROX)
10.Mushroom dance
(作詞:SANDII/作曲:久保田真箏・井上ケン一/編曲:EUROX)

武藤彩未「永遠と瞬間」

聖子のエピゴーネンがまたひとり自滅した。ただそれだけのことである。

今まで何度となく繰り返されてきた、松田聖子を「ちょっと歌の上手いぶりっこ乙女チックアイドル」くらいにしか理解していない大人たちによる、安易なアイドルごっこの失敗、それが武藤彩未であった。松田聖子はアイドルではなく、もはや松田聖子というひとつのジャンルであることを、もっとみんな自覚すべきなのだけど…。

可憐Girl'sとさくら学院を経てソロデビュー、しかもグループアイドルの副業ではなくソロ一本での再デビューということで、当初は松浦亜弥以来のソロアイドル誕生だとけっこう鳴り物入りだった。
音楽系webメディアが続々取り上げ、異例のQUICK JAPAN大特集、SNSでは意識高い系ライターがこぞって賞賛、すわソロアイドルの時代か?と囁かれもしたものの、蓋を開けてみればネズミ一匹、結局はご本人の休業という形で幕を下ろし、そんな彼女を尻目に欅坂46を始め相変わらずAKBたちは元気いっぱい、NGT48やSTU48のデビューも続き、グループアイドルの牙城はますます大きくなっている。
(辛口なあの人とか有名なあの人とかやたら絶賛ムードだったなぁ。金でも貰ってたのか)

休業報道に対して「やっぱり今はソロでやるのは難しい時代なのか」という反応が多かったが、そんなことはない。アイドルになれないまま潰れたに過ぎないのだ。

だって、シングルもフルアルバムも出さずにミニアルバム2枚出しただけで終了って、いくら何でもショボすぎる。肝心かなめの作品がこんなに弱々しいなんて、力入れる方向を完全に間違えていたとしか思えない。
80年代アイドル意識するなら、シングルは年3枚、フルアルバムは年2枚出すくらいの根性は見せてもらいたい(そのうえ年末に企画アルバムとかだしてたぞ、昔のアイドルは)。

たとえミニアルバムでも作品が凄ければいいが、これが何とも言えない無味無臭J-POPで彼女をどういうアイドルにしたいのかが見えて来ないのだ。
アイドルをやるためにアイドルをなぞっているだけで、武藤彩未をアイドルにしようという周りの愛情をあまり感じない出来栄えである。
作曲がほぼ全て本間昭光というのも、身内に依頼しただけというアミューズのやっつけ感(Buzyで同じことやって失敗してんのになんでまた繰り返すわけ?そういう悪い意味でハロプロみたいなことするなよ)があるし、エレクトロなアレンジもさすがに食傷気味で制作費ケチっただけにしか思えない。どうせミニアルバムなら、全部違う作家に書かせた方が面白いだろうに。
だいたい全曲エレクトロアレンジにするなら曲もダンスミュージックにすりゃいいのに、歌謡曲にエレクトロアレンジ乗せたら安っぽくなるだけだって。
握手会などの接触イベントやらずに売るなら、何よりもまずは楽曲で勝負しなきゃダメだろ。それこそ松田聖子のようにね。何故そこは真似しなかったのか。

アルバムデビューによる短所はまだある。それはリード曲の1曲のみでしか、メディア出演ができないことである。実際にPVも「宙」のひとつしか制作されていない。そして、シングルならば年に3〜4回メディア出演の機会に恵まれるが、アルバムは早くても年に2回しかその機会に恵まれないのだ。
他に強力なタイアップでも取っていればまだ披露の機会はあったかも知れないけど、セブンティーンアイスは…ねぇ?しかも「セブンティーン盤」買わないと聴けないってひどい。
これでは手が伸びにくい。元々アイドルはアルバムが買われにくい傾向にあるというのに。

そもそもプレデビューからして不穏だった。80年代アイドルのカバーミニアルバム「DNA1980」を2枚って…それくらい1枚にまとめろというのもあるけど、何で最初の作品がアイドルカバーなの。アイドルの物真似を売るんじゃなくて武藤彩未を売ってくれよ。これじゃアミューズのノスタル爺たちによる懐かしのアイドルごっこだろ。
(実際このCDが発売されたライブレポを読んだ限りでは、演出も含めて80年代アイドルのキレイなトレースをやらされているに過ぎない感じがした)
その内容も松田聖子チェリーブラッサムとか、完全に負け試合。聖子本人ですら歌いたくなかったというほどあまりアイドルポップスでないこの曲をよりによって選ぶとは…。しかも青い珊瑚礁まである。これは公開処刑か?河合奈保子?もうやめてあげて!
でもまあ、斉藤由貴のカバーなら上手くやれるかなと思ってたけど(ごめんなさい)、悲しみよこんにちはの弾けるようなサビの譜割りを無感情に処理してしまったので白けてしまった。オリジナルよりテンション低くしてどうする。
(修正で生気がなくなってしまった可能性もあるが)
こちらのアレンジは大物に頼んで生演奏にしているので、それだけがなけなしの救いだが、それならどうして安いデジポップでデビューさせたの?謎である。*1

そして、ここで彼女は枷をはめられた。聖子や奈保子や今日子などの錚々たる80年代アイドルと比較され、自分の作品で膨大なアーカイブに挑まねばならないというとんでもなく重たい枷だ。
これは彼女ひとりで解決できる問題ではなく、どれだけアミューズが自覚的に作品づくりをしてくれるかが鍵なのだが、結果は知っての通り。
そりゃ辞めたくもなるだろう。
アミューズはアイドルなんか作れないから。
ベビメタもPerfumeも、現場の人たちが好き勝手した結果それが面白いとブレイクしただけで、アミューズの手柄ではない。

衣装もダサかった。Perfumeもたまに着せられる、未来っぽさを履き違えたかのようなテカテカヒラヒラした安っぽいラッピング素材のような衣装や、聖子も明菜も早い段階で着なくなったカマトトぶったダサすぎるワンピース衣装なんて、ドルヲタは騙せても女性ファンは興味持ちませんよ…(I-POPの時期の衣装は特に酷かった)。
AKBはあれだけの人数の衣装のために衣装部門を分社化させ徹底管理、女性クリエイターが集結して質よし(時には生地から特注するほどに)、センスよし、安っぽさゼロの衣装を毎回作ってますぞ。

そして武藤さん本人も「10代のうちに武道館」「(坂本龍馬のように)アイドルシーンの革命児になる」「ジャンヌ・ダルクのように革命者になりたい」「松田聖子さんのように歌い継がれるような人になりたい」
などと次々にビッグマウスを連発していた割には、あまり特徴のない声だ。屋台骨が頼りない。確かにボーカルはキレイで丁寧だけどそのぶんスケールが小さくまとまっちゃってて、これで中途半端に聖子のキャンディボイスを意識した歌い方しちゃったら、おしまいだろう。
それならもう聖子のCD聴いた方が早い。

あとライブの動画を見ていると、CDとは違ってロック寄りのアプローチをしているのに気づいた。これも間違いだろ。これなら藍井エイルやAimerやLiSAや水樹奈々などのアニソン歌姫の方がはるかに声に合ってるし歌唱力も上である。
アイドルのDVDを見て勉強するというのも非常にマズい行為だ。中森明菜のように根っからのミーハー体質ならフィードバックに繋がるが、根が真面目だと思われる彼女では、愚直なまでに昔のアイドルっぽいものをなぞることしかできなかったのではないか。

結局ライブのハコも大きくならず、躍進で重要な女性ファンも掴めないまま、可憐やさ学から引っ張ってきたファンだけの祭典で終わってしまった「自称革命」だったのだ。
これは決してソロアイドルゆえの失敗ではなく、ただアミューズが無能だった、そして武藤さんの器もそこまで大きくなかったというだけの話である。
ソロアイドルで改めて売りたいなら、父兄なんて痛々しい自称してるさ学オタを切り捨てる覚悟が必要なのだが、そんな勇気は持てなかったようだ。工藤静香というおニャン子を振り切って売れた先人がいるにもかかわらず。

現在のグループアイドルにも付け入る隙はある。アイドル=歌って踊ることが前提となりすぎていたり、音圧ギュウギュウで聴き疲れする音作りだったり、ポジティブ一辺倒でかえって気が滅入るような歌詞ばかり歌ってたり。
例えばAKBGなんて持ち歌だけは膨大にあるけれど、曲を雑に詰め込んだものばかりでまともなオリジナルアルバムが存在しないし、あの秋元の作詞なので情緒のカケラもない。
つまり、これらは全て80年代アイドルから失われた要素。
なのに、他でも聴ける量産型打ち込みポップスを歌わせたり、MIKIKOの振付けを継続してステージでひとりPerfumeみたいなパフォーマンスさせたり(しかもプロジェクションマッピングとか…MIKIKOも無能っぽいね)、グループアイドルでやってることをひとりでやらせてしまったので、これで客が付くわけがない。

このことを理解できるような「大人」は、そういないのだろう。たいしてアイドルが好きでもない焦臭さい人たちが昔のアイドルを真似た何かを売ろうとするほど、寒々しい行為はないのだが。
最低限、聖子と明菜と薬師丸と今日子のオリジナルアルバムくらいは一通り聴いた上でアイドル商売を考えて欲しいものである。

*1:そういえばこれを聴き比べて感じたけど昔のアイドルと今のアイドルの違いって生気の差もあると思った。昔のアイドルはガキんちょで気まぐれでワガママで生意気なところをあまり隠してなかったし。好き嫌いとか平気で言っちゃう。今のアイドル…に限らないけど、そんなこと言おうものならインタラクティブ化したメディアの力で批判されちゃうもんな

中森明菜「BEST COLLECTION 〜LOVE SONGS & POP SONGS〜」

2012年7月11日リリース
2013年3月27日リリース(SACD)

中森明菜デビュー30周年記念としてリリースされたベストアルバム。
いや、ワーストアルバム。

「オリジナルのマルチ・チャンネル・マスター・テープから、すべての音素材を見直してブラッシュ・アップさせ、それらの音素材から、オリジナル楽曲の魅力を損なうことなく新たにミックス、再構築されたリメイク音源によるベスト」とこことで、全シングルA面に、B面曲とアルバム曲を少し足した2枚組。

初回限定盤のみ2500円というサービス価格や、節目の年、明菜さん本人の不在、女装家の明菜ファンアピールによる再評価ムード、新聞広告を打つなどといった状況が重なり、ヒットとなったのだけれど…。

これはつまり、マスターテープをいじくるだけのリマスターではなく、その前のマルチトラックテープにまで遡ってミックスからやり直したリミックスアルバムである。
リマスターでどうにかできる範囲というのは限界があって、ほんとに音をよくするにはミックスからやり直すしかないという。ミュージシャンの側も、ベストアルバム収録時に古い曲を再ミックスしたり、リミックスアルバムを出したりして音を常に新しい状態にしている人がいる。
たとえばリチャード・カーペンターは有名だし、日本でも山下達郎や、矢沢永吉や、福山雅治などが再ミックスをよく行っているし、最近ではビートルズのリミックスも話題になっている。
だからリミックスをすることは別に構わない。むしろやって欲しかったのだけど、これはダメである。というか、許せない。

何故なら、オリジナルのニュアンスを壊しているけれど、だからといって今っぽさもないから。マルチを引っ張り出せたのでとりあえずいじり倒してみました、という不自然なリミックスが目立つ。どこが「オリジナル楽曲の魅力を損なうことなく」なのか。
まず音がでかすぎる。びっくりするほどの音圧で迫ってくる上に、ベースやバスドラが跳ねまくるし、その弊害で音の少ない部分では楽器やボーカルが強調され、多い部分では潰れてしまい淋しくなるという典型的な海苔波形CDになっていて曲のニュアンスも糞もない。

そして、全体的にスネアやパーカッションの音を前に出しすぎてチャカポコした音ばかりが耳についてしまい、やはり曲のニュアンスも糞も以下略。
とにかくオリジナルのリバーブを取っ払って明菜さんのボーカルを前に出し、演奏をクリアにすることしか考慮してないのか、曲の世界観を構築するのに必要な加工や、構成に合わせたと盛り上げ、盛り下げが全く考慮されておらず、通して聴くと「なんでいきなり音が寂しくなるの?いきなり音がゴチャゴチャするの?」と、楽曲への感情移入を阻害される。
特にサビが顕著で、「盛り上がっていくBメロ」からの「なんか寂しく聞こえるサビ」の落差が多くの曲で耳についてしまう。かえってオリジナルの曲がどれだけ考えて作られていたのかがよく分かる。

耳の悪い年寄り向けに作ったとしか思えない、というか作った奴が耳の悪い年寄りばかりだったのではと疑いたくなるようなひたすら耳障りなリミックスで、いったい誰がどうしてこのような方向性にしてしまったのか大変疑問である。
なのにアマゾンのカスタマーレビューが絶賛気味なのも疑問。オリジナルの音源聴いたことある人がこれ聴いて絶賛できるって、普段どういう環境で聴いているのか。
これを制作した人たちはカーペンターズハイレゾでも聴いて「ブラッシュアップとはこういうことだ」と学んで欲しいものだ。

確かに一聴したら音が今までのリマスターとまるで違っていることは分かる。
楽器の音もそうだが、何よりボーカルのみずみずしさというか、クリアな際立ち方が今のポップスっぽいなという感じはする。
音圧にごまかされている部分も大きいと思うが、そこを評価する人がいるのは分からなくもない。
それほど、このミックスでは明菜さんのボーカルを前に出すことを徹底している。
だが、こうして本当によかったのか?と思うところもある。早いうちからトラックダウンにも立ち会い、ボーカルの試行錯誤を重ねていた明菜さんの意図した音が、オリジナルのミックスには存在していると思うからだ。

ちなみにこの制作に携わった菊地功というエンジニア、明菜さんの歌謡アイドル時代のミキサー担当者でその後も赤箱・ライノ箱・青箱のリマスターにも携わった方だが、やたら音圧推しで好感を持てない人である。
ミキサーとしても「エトランゼ」くらいまでは旧盤ですら何だかキンキンした音で聴き心地がそんなによくない。メインではなくなった「アニバーサリー」からいきなり音質が向上するのだが、まあそういう人である。最近の山下達郎のリマスターもやってて、そこでもよくない評価をされているようだし。


「スローモーション」
残響音の大きすぎるバタバタドラムで「何か違う」と身構えてしまうオープニング。オリジナルではサビで効果的に配されたホーンが激しく自己主張してて台無し。

「セカンド・ラブ」
クリアというより痩せたストリングスとバンドの音が残念な相乗効果になっている。そしてサビになると何故か奥に引っ込むストリングス。

「目をとじて小旅行」
冒頭のダブボーカルが単独になっているのはよい。全体的に今っぽいバンドものに近づけていると思う。比較的マシな曲。

「トワイライト」
これは「メモワール」バージョンのミックスで完成されたと思ってるので、オリジナルバージョン準拠のリミックスではスピーカーがおかしくなったような仕上がり。やっぱりストリングスの音が痩せてる。

「SAND BEIGE」
そこまで大きく変わってないので、存在価値すら感じない。元の曲のスケール感を存分に感じることができるミックスですね。

「SOLITUDE」
大きめのドラムを引っ込ませて落ち着いた感じにして欲しいなと思ってたらもっと出しやがった…。

「ジプシー・クイーン」
ボーカルはリバーブを取り、ドラムはリバーブをかける。意味不明。シンセベースのブンブンした音が引きずり出されて、終始鳴り響くので雰囲気台無し。

「Fin」
これもボーカルのリバーブがなくなっている。それだけでなく演奏もサッパリしたため、サビの音が寂しくなって雰囲気台無し。

「駅」
元々小さい声で録音したのをムリヤリボリューム上げたせいでテープのヒスノイズが思いっきり目立ってしまっている。そして、それをオケの音量で隠そうとしている。アホ?
誰に何と言われようが、小さいボーカルは本人のこだわりなんだよ。

「Blonde」
イントロのキーボードの音が思いっきり引っ込んでて違和感。フレーズの間に流れるポンポンした効果音がでかすぎて違和感。

「難破船」
バーブを外し、Aメロの音量を上げているので、オリジナルにあったメロ→サビに至るタイナミズムが台無し。

「恋路」
何故この曲。ボーカルの音量を上げているのでいたってフツーの歌謡曲に。

「al-mauj」
この頃になると、CDで売ること前提のミックスになるのでリミックスの必要性が薄く、あまり変わってない。中途半端に変えてあるからかえってすごい違和感。

「LIAR」
上に同じ。ボーカルを引っ張り出したくらいか。コーラスまで引っ張り出さなくても。

「乱火」
上に同じ。それにしても、悉くサビの盛り上がり感が殺がれている。

「水に挿した花」
上に同じ。コーラスが引っ張り出されすぎて邪魔。

「忘れて…」
このカップリング埋めの意図しかない曲、わざわざリミックスする必要ある?他にあるでしょ(しなくていいけど)。

「少女A」
このアルバムを象徴するかのようなチャカポコ&ズンドコのマヌケっぷりが楽しめる曲。

「1/2の神話」
元々のアレンジがちょっと変なので、そこまで変化は感じないけどサビのアクセントである「ブンッ」という例の効果音が控えめになって違和感。

「禁区」
元々のアレンジがおかしいのでどうにかする必要のあった曲。打ち込み部分の処理とかは善戦したと思う。コーラス引っ込めたのは残念だが。でもこれだけアウトテイクのボーカルを引っ張り出した理由が不明。

「北ウイング」
ポッポコポッポコうるさい。元々のアレンジの完成度が高いのでいじりようがない、このアルバムの方向性とは相性最悪の曲。疾走感もドラマティックな空気感何もかも台無しのリミックス。

「サザン・ウインド」
ブンブンブンブンうるさい。なんだこのシンセが耳障りなリミックスは。相変わらずサビで異様な盛り下がりを見せる。

十戒
挿し色として効果的に配されたキラキラ音やオケヒットやSEが引っ張り出されてものすごくマヌケになってしまった。小学生がふざけてエレクトーン弾いてるみたいなギャンギャンフィンフィンした音たちが素敵(褒めてない)。

「飾りじゃないのよ涙は」
サビのボーカル加工が外されるとは思っていたが、定位がどっかに行っちゃうのは予想外だった。これならアルバムミックスの方がいい。

「ミ・アモーレ」
コトコトコトコトコトコトコトコト以下略。
サビで音がゴチャゴチャとケンカするからせっかく引っ張り出したボーカルが埋もれてる。

「DESIRE」
サビの「ディザイア、ディザイア」のリフレインいらない。ベース音うるさすぎ。オリジナルの上モノを最低限に抑えたあえてのスカスカな音を理解できず、どうにか空間を埋めようとしたんだろうなぁ。

「LA BOHEME」
DESIREよりロック感が強いのでこれも成功している方に入るかな。Bメロの「あーりかー」で舌が巻いてしまう部分を修正している。

「危ないMON AMOUR」
元々がシンプルなバンドアレンジであるお陰か、マシな方。

「ノンフィクションエクスタシー」
あまりボーカルは引っ張り出されていないし、リバーブも残してある。ではなぜ入れたのだろう。

「Tango Noir
未聴だがスーパークラブミックスのアレンジに近づけてあるらしい。
この曲で重要なドラムも16分で刻むベースもあっさりした音に変わってしまったためにイントロからもう疾走感台無し。サビのコーラスもいらない。

TATTOO
イントロのフレーズもドラムロールも小さくて違和感。ていうか全体的にドラムロールが小さくされたのでジャズ感台無し。
サビのキラキラ音が空気を読まずに主張しているのでサビのカタルシス感台無し。ラストサビのシンセ聞こえないので以下略。

「I MISSED 'THE SHOCK'」
フレットレスベースが引っ込んでいるので台無し。抑制的なボーカルを盛り上げる気のないサビ部分が残念すぎる。

「Dear Friend」
やはり盛り下がるサビ。サビで効果的に響く、空間の奥にあったストリングスが前に出ることで効果が殺がれている。

二人静
DESIREと同じく空間をあえて残したアレンジというのに耐えられなかったのか、ドラム音で埋めようとしているのが残念すぎる。淡々とした雰囲気のオリジナルから、歌謡ロックな感じにしようとしたのだろうけど、そうなるとただの演歌になってしまった。これなら95年のセルフカバーの方がいい。


…と、このように頭から尻尾まで残念無念で埋められた2枚組でした。
比較的成功している曲を聴いてみると、ロック系・バンド系の方向性でリミックスしたような感じがするし、エンジニアもそっち畑の方なのだろう。だからといって楽曲の世界観まで無視していいという話にはならないのだが。
いらないけどもし「Stock」をリミックスしたら成功したかも知れない。