Dangerous Charms

個人の感想です

中森明菜「BEST COLLECTION 〜LOVE SONGS & POP SONGS〜」

2012年7月11日リリース
2013年3月27日リリース(SACD)

中森明菜デビュー30周年記念としてリリースされたベストアルバム。
いや、ワーストアルバム。

「オリジナルのマルチ・チャンネル・マスター・テープから、すべての音素材を見直してブラッシュ・アップさせ、それらの音素材から、オリジナル楽曲の魅力を損なうことなく新たにミックス、再構築されたリメイク音源によるベスト」とこことで、全シングルA面に、B面曲とアルバム曲を少し足した2枚組。

初回限定盤のみ2500円というサービス価格や、節目の年、明菜さん本人の不在、女装家の明菜ファンアピールによる再評価ムード、新聞広告を打つなどといった状況が重なり、ヒットとなったのだけれど…。

これはつまり、マスターテープをいじくるだけのリマスターではなく、その前のマルチトラックテープにまで遡ってミックスからやり直したリミックスアルバムである。
リマスターでどうにかできる範囲というのは限界があって、ほんとに音をよくするにはミックスからやり直すしかないという。ミュージシャンの側も、ベストアルバム収録時に古い曲を再ミックスしたり、リミックスアルバムを出したりして音を常に新しい状態にしている人がいる。
たとえばリチャード・カーペンターは有名だし、日本でも山下達郎や、矢沢永吉や、福山雅治などが再ミックスをよく行っているし、最近ではビートルズのリミックスも話題になっている。
だからリミックスをすることは別に構わない。むしろやって欲しかったのだけど、これはダメである。というか、許せない。

何故なら、オリジナルのニュアンスを壊しているけれど、だからといって今っぽさもないから。マルチを引っ張り出せたのでとりあえずいじり倒してみました、という不自然なリミックスが目立つ。どこが「オリジナル楽曲の魅力を損なうことなく」なのか。
まず音がでかすぎる。びっくりするほどの音圧で迫ってくる上に、ベースやバスドラが跳ねまくるし、その弊害で音の少ない部分では楽器やボーカルが強調され、多い部分では潰れてしまい淋しくなるという典型的な海苔波形CDになっていて曲のニュアンスも糞もない。

そして、全体的にスネアやパーカッションの音を前に出しすぎてチャカポコした音ばかりが耳についてしまい、やはり曲のニュアンスも糞も以下略。
とにかくオリジナルのリバーブを取っ払って明菜さんのボーカルを前に出し、演奏をクリアにすることしか考慮してないのか、曲の世界観を構築するのに必要な加工や、構成に合わせたと盛り上げ、盛り下げが全く考慮されておらず、通して聴くと「なんでいきなり音が寂しくなるの?いきなり音がゴチャゴチャするの?」と、楽曲への感情移入を阻害される。
特にサビが顕著で、「盛り上がっていくBメロ」からの「なんか寂しく聞こえるサビ」の落差が多くの曲で耳についてしまう。かえってオリジナルの曲がどれだけ考えて作られていたのかがよく分かる。

耳の悪い年寄り向けに作ったとしか思えない、というか作った奴が耳の悪い年寄りばかりだったのではと疑いたくなるようなひたすら耳障りなリミックスで、いったい誰がどうしてこのような方向性にしてしまったのか大変疑問である。
なのにアマゾンのカスタマーレビューが絶賛気味なのも疑問。オリジナルの音源聴いたことある人がこれ聴いて絶賛できるって、普段どういう環境で聴いているのか。
これを制作した人たちはカーペンターズハイレゾでも聴いて「ブラッシュアップとはこういうことだ」と学んで欲しいものだ。

確かに一聴したら音が今までのリマスターとまるで違っていることは分かる。
楽器の音もそうだが、何よりボーカルのみずみずしさというか、クリアな際立ち方が今のポップスっぽいなという感じはする。
音圧にごまかされている部分も大きいと思うが、そこを評価する人がいるのは分からなくもない。
それほど、このミックスでは明菜さんのボーカルを前に出すことを徹底している。
だが、こうして本当によかったのか?と思うところもある。早いうちからトラックダウンにも立ち会い、ボーカルの試行錯誤を重ねていた明菜さんの意図した音が、オリジナルのミックスには存在していると思うからだ。

ちなみにこの制作に携わった菊地功というエンジニア、明菜さんの歌謡アイドル時代のミキサー担当者でその後も赤箱・ライノ箱・青箱のリマスターにも携わった方だが、やたら音圧推しで好感を持てない人である。
ミキサーとしても「エトランゼ」くらいまでは旧盤ですら何だかキンキンした音で聴き心地がそんなによくない。メインではなくなった「アニバーサリー」からいきなり音質が向上するのだが、まあそういう人である。最近の山下達郎のリマスターもやってて、そこでもよくない評価をされているようだし。


「スローモーション」
残響音の大きすぎるバタバタドラムで「何か違う」と身構えてしまうオープニング。オリジナルではサビで効果的に配されたホーンが激しく自己主張してて台無し。

「セカンド・ラブ」
クリアというより痩せたストリングスとバンドの音が残念な相乗効果になっている。そしてサビになると何故か奥に引っ込むストリングス。

「目をとじて小旅行」
冒頭のダブボーカルが単独になっているのはよい。全体的に今っぽいバンドものに近づけていると思う。比較的マシな曲。

「トワイライト」
これは「メモワール」バージョンのミックスで完成されたと思ってるので、オリジナルバージョン準拠のリミックスではスピーカーがおかしくなったような仕上がり。やっぱりストリングスの音が痩せてる。

「SAND BEIGE」
そこまで大きく変わってないので、存在価値すら感じない。元の曲のスケール感を存分に感じることができるミックスですね。

「SOLITUDE」
大きめのドラムを引っ込ませて落ち着いた感じにして欲しいなと思ってたらもっと出しやがった…。

「ジプシー・クイーン」
ボーカルはリバーブを取り、ドラムはリバーブをかける。意味不明。シンセベースのブンブンした音が引きずり出されて、終始鳴り響くので雰囲気台無し。

「Fin」
これもボーカルのリバーブがなくなっている。それだけでなく演奏もサッパリしたため、サビの音が寂しくなって雰囲気台無し。

「駅」
元々小さい声で録音したのをムリヤリボリューム上げたせいでテープのヒスノイズが思いっきり目立ってしまっている。そして、それをオケの音量で隠そうとしている。アホ?
誰に何と言われようが、小さいボーカルは本人のこだわりなんだよ。

「Blonde」
イントロのキーボードの音が思いっきり引っ込んでて違和感。フレーズの間に流れるポンポンした効果音がでかすぎて違和感。

「難破船」
バーブを外し、Aメロの音量を上げているので、オリジナルにあったメロ→サビに至るタイナミズムが台無し。

「恋路」
何故この曲。ボーカルの音量を上げているのでいたってフツーの歌謡曲に。

「al-mauj」
この頃になると、CDで売ること前提のミックスになるのでリミックスの必要性が薄く、あまり変わってない。中途半端に変えてあるからかえってすごい違和感。

「LIAR」
上に同じ。ボーカルを引っ張り出したくらいか。コーラスまで引っ張り出さなくても。

「乱火」
上に同じ。それにしても、悉くサビの盛り上がり感が殺がれている。

「水に挿した花」
上に同じ。コーラスが引っ張り出されすぎて邪魔。

「忘れて…」
このカップリング埋めの意図しかない曲、わざわざリミックスする必要ある?他にあるでしょ(しなくていいけど)。

「少女A」
このアルバムを象徴するかのようなチャカポコ&ズンドコのマヌケっぷりが楽しめる曲。

「1/2の神話」
元々のアレンジがちょっと変なので、そこまで変化は感じないけどサビのアクセントである「ブンッ」という例の効果音が控えめになって違和感。

「禁区」
元々のアレンジがおかしいのでどうにかする必要のあった曲。打ち込み部分の処理とかは善戦したと思う。コーラス引っ込めたのは残念だが。でもこれだけアウトテイクのボーカルを引っ張り出した理由が不明。

「北ウイング」
ポッポコポッポコうるさい。元々のアレンジの完成度が高いのでいじりようがない、このアルバムの方向性とは相性最悪の曲。疾走感もドラマティックな空気感何もかも台無しのリミックス。

「サザン・ウインド」
ブンブンブンブンうるさい。なんだこのシンセが耳障りなリミックスは。相変わらずサビで異様な盛り下がりを見せる。

十戒
挿し色として効果的に配されたキラキラ音やオケヒットやSEが引っ張り出されてものすごくマヌケになってしまった。小学生がふざけてエレクトーン弾いてるみたいなギャンギャンフィンフィンした音たちが素敵(褒めてない)。

「飾りじゃないのよ涙は」
サビのボーカル加工が外されるとは思っていたが、定位がどっかに行っちゃうのは予想外だった。これならアルバムミックスの方がいい。

「ミ・アモーレ」
コトコトコトコトコトコトコトコト以下略。
サビで音がゴチャゴチャとケンカするからせっかく引っ張り出したボーカルが埋もれてる。

「DESIRE」
サビの「ディザイア、ディザイア」のリフレインいらない。ベース音うるさすぎ。オリジナルの上モノを最低限に抑えたあえてのスカスカな音を理解できず、どうにか空間を埋めようとしたんだろうなぁ。

「LA BOHEME」
DESIREよりロック感が強いのでこれも成功している方に入るかな。Bメロの「あーりかー」で舌が巻いてしまう部分を修正している。

「危ないMON AMOUR」
元々がシンプルなバンドアレンジであるお陰か、マシな方。

「ノンフィクションエクスタシー」
あまりボーカルは引っ張り出されていないし、リバーブも残してある。ではなぜ入れたのだろう。

「Tango Noir
未聴だがスーパークラブミックスのアレンジに近づけてあるらしい。
この曲で重要なドラムも16分で刻むベースもあっさりした音に変わってしまったためにイントロからもう疾走感台無し。サビのコーラスもいらない。

TATTOO
イントロのフレーズもドラムロールも小さくて違和感。ていうか全体的にドラムロールが小さくされたのでジャズ感台無し。
サビのキラキラ音が空気を読まずに主張しているのでサビのカタルシス感台無し。ラストサビのシンセ聞こえないので以下略。

「I MISSED 'THE SHOCK'」
フレットレスベースが引っ込んでいるので台無し。抑制的なボーカルを盛り上げる気のないサビ部分が残念すぎる。

「Dear Friend」
やはり盛り下がるサビ。サビで効果的に響く、空間の奥にあったストリングスが前に出ることで効果が殺がれている。

二人静
DESIREと同じく空間をあえて残したアレンジというのに耐えられなかったのか、ドラム音で埋めようとしているのが残念すぎる。淡々とした雰囲気のオリジナルから、歌謡ロックな感じにしようとしたのだろうけど、そうなるとただの演歌になってしまった。これなら95年のセルフカバーの方がいい。


…と、このように頭から尻尾まで残念無念で埋められた2枚組でした。
比較的成功している曲を聴いてみると、ロック系・バンド系の方向性でリミックスしたような感じがするし、エンジニアもそっち畑の方なのだろう。だからといって楽曲の世界観まで無視していいという話にはならないのだが。
いらないけどもし「Stock」をリミックスしたら成功したかも知れない。