Dangerous Charms

個人の感想です

中森明菜「不思議」

(2021年追記:EUROX関根安里さんのYouTube動画がアップされ、不思議について語っているので内容を一部訂正)

オリジナル発売日:1986年8月11日

中森明菜10thアルバム。
ディレクターとそろそろコンセプトアルバムを作ろうという話を以前からしていて、それがようやく実現し中森明菜本人によるプロデュースの元で制作されることとなった。
シングルなしの新曲のみで構成されたため、売り上げは46万枚ほど。

当時のアイドルのお作法としてシングルなしのコンセプトアルバムを一度はやりたいのは分かるし、最初のセルフプロデュースでアレコレとアイデアが出てくるのも分かるけど、何故いきなりこれなのか。しかもBESTとDESIREが大ヒットした直後の新作がこれなんて今でもかなり挑戦的というか、もはや喧嘩腰だ。

このアルバムは何て言ったらいいのか…フュージョン発、ニューウェーブシューゲイザー経由、音響派ヴィジュアル系着みたいな…そんな感じ…だろうか?
良くも悪くも有名なアルバムなので語り尽くされた感はあるけど、何よりまず「声が遠い・聞こえない・なんて歌ってるか分からない」のである。
例えるならばお風呂で熱唱している人の歌声を外から聴いているようだと言えばいいのか…歌声がバックトラックに埋もれっぱなしで、時たま「ああああ」「おおおお」という咆哮だけが、ボーカルの音量が最大になってはっきりする。
ボーカルのみだけでなく、楽器全体が深くリバーブをかけられているせいか、やたら気持ちよく低音が響くために、ひたすら音だけをずっと聞いていたくなるほどだ。

とにかくレコード大賞受賞者である大人気歌手中森明菜がそれまでの活動を総括した「BEST」を出した次のオリジナルアルバムなのに、これですか?と言いたくなる。音だけ聴いたら、ビタスイとダシオシミの次として手堅いクールなサウンドなのだが、そこに何故かゴスとホラーがぶち込まれてこんなことになってしまった。
キャッチコピーが「三回聴いて、『謎』深まる。」と「ウロコが目から飛び出して、耳のタコまで踊り出す。」だったのも分かる。ワーナーの宣伝担当の人たちも、いったいこんなアルバムをどう売れというのか、なんて頭を抱えたに違いない。

ジャケットからして、顔が殆ど隠れる黒装束を纏い、妙なメイクをした不気味な明菜さんがこちらをじっと視ている。帯を外せば文字がどこにもないので誰の作品なのか分からない。
そして裏ジャケットは、曲目がなぜ中国語表記になっているのか。ワケ分からない。
歌詞カードもオールカラーの12P仕様なのだけど、まるで大雨の中に佇んでいるような薄暗い中にマスカレードのマスクのようなものがボンヤリと浮かんだ写真がひたすらあるだけで明菜さんの顔など一切ない。
これがCDだと16ページなのだから更にヤバい。当時のCDはオールカラーの歌詞カードは珍しかったのに、まさかこういう作品でカラー印刷をしてしまうとは…。
更に、歌詞と共に手書きで中国語の対訳が載っているのが意味不明さにトドメを刺す。何これCoccoの歌詞カード(英訳)先取り?
別に中国市場に乗り出すわけでもないし、そもそもジャケットはシルクロードだかどこだか分からない場所だし、衣装の参考になったのはハワイの人形らしいし、サウンドはヨーロッパだし、何なのこの無国籍感。
とにかく「不思議」というコンセプトをサウンド・ビジュアル両面から実現すべく、明菜さんが思いつくだけのアイデアをぶち込んだのだろうが、それを説明する注意書きのようなものをペラ紙一枚でも入れてあげた方がよかったのでは…と思ったりもする。

そのサウンドに関しても、曲目からアレンジから二転三転した。予定されていた収録曲と、実際の収録曲が大幅に変更になっている。初期に告知された収録予定曲は以下の通りだったという。

【A面】
Fire Starter
燠火
蒼いTwilight Rain
赤い不思議(ミステリー)
危ないMON AMOUR
【B面】
マリオネット
ガラスの心
赤毛のサンドラ
Teenage Blue
不思議
Fin


ここから察するに、このアルバムの初期コンセプトは「赤と青」だったのだろう。タイトルに赤と青を込めた曲が、それぞれ2曲ずつ入っている。
この内容でレコーディングはしたのか、それとも選考段階だったのか、そしていつ収録曲が入れ替わったのかは分からないが、後に世に出た作品もあるので制作自体は進んでいたのだと思う。
しかし、ディレクターが同じだったEUROXとの邂逅が大きなきっかけとなって今の形へと変化していく。関根安里さんご本人がYouTubeで、制作には当初から携わっていたことと、EUROXのデモを偶然聴いた明菜さんが「歌いたい」と言ったことが関わるきっかけになったこと等の証言をしている。
ミックスダウンまで終了したが「不思議じゃない」と再度やり直しになったエピソードもEUROXによるもので、最初のミックスは88年リリースの「Wonder」に近いものだったという。
そんなこんなで当初2月頃には出るはずだった予定から延びに延びてリリースされたのは8月になってからであった。

最終的には表題作すらオミットされ、4曲のみを残して後は全て入れ替わっている。外された曲たちは後にシングルになったり別のアルバムに入ったりしたが、「蒼いTwilight Rain」と「赤毛のサンドラ」だけはお蔵入りのままである。別のタイトルに生まれて変わってリリースされた可能性があるけど、今となっては知りようもない。

1.Back door night
(作詞:麻生圭子/作曲・編曲:EUROX)
2.ニュー・ジェネレーション
(作詞:竹花いち子/作曲・編曲:EUROX)
3.Labyrinth
(作詞:麻生圭子/作曲・編曲:EUROX)
4.マリオネット
(作詞・作曲:安岡孝章/編曲:EUROX)
5.幻惑されて
(作詞:吉田美奈子/作曲・編曲:EUROX)
6.ガラスの心
(作詞:SANDII/作曲:久保田真箏/編曲:井上鑑
7.Teen-age blue
(作詞・作曲:吉田美奈子/編曲:椎名和夫
8.燠火
(作詞・作曲:吉田美奈子/編曲:吉田美奈子椎名和夫
9.Wait for me
(作詞:SHOW/作曲・編曲:EUROX)
10.Mushroom dance
(作詞:SANDII/作曲:久保田真箏・井上ケン一/編曲:EUROX)