Dangerous Charms

個人の感想です

中森明菜「POSSIBILITY」

オリジナル盤発売日:1984年10月10日

中森明菜7枚目のアルバム。
シングル「サザン・ウインド」「十戒(1984)」を収録し、更に北ウイングの続編「ドラマティック・エアポート」、タイアップがついて北ウイングの両A面としてシングルカットされた「リ・フ・レ・イ・ン」が収録された、営業部的にもおいしい目玉だらけのアルバム。白い迷い(ラビリンス)も、翌月に来生たかおのセルフカバーが発売され競作となった。
その結果、一見さんが手に取りやすい作品となったためか前作よりヒットし、62.4万枚をセールス。これはカセットテープの売り上げが大きく向上した為である。

確かにこのアルバム、当時の中森明菜の売りを最も並べることができていると思う。シングルが2曲入っているというのも80年代の他作品では見られない構成。次にシングルA面が2曲入るアルバムは97年の「SHAKER」であるので、明菜さんのアルバム主義の強さが伺える。
更にはアルバム曲も可愛らしさ、ツッパリ、クール、異国情緒、バラードと彼女の手札がきっちり並べてある。収録曲の作家は殆どがシングルA面に採用されたことのある人ばかりで固められており、少女歌謡から駒を進めつつ、ライトユーザ向けにも舵を切った入り口としては秀逸なアルバムだと思うので、今の初心者が聴くのにも最適なアルバムだろう。

ジャケット写真も、秋ということでシックさを意識してかブラウンを基調とした中に、肩をはだけた何やらセクシーなニットワンピの明菜さん。
更に赤いハイヒールを履いているのが裏ジャケで確認できるので、これはビジュアル面からの大人モードに移行しましたというメッセージかも知れない。

「サザン・ウインド」
(作詞:来生えつこ/作曲:玉置浩二/編曲:瀬尾一三)
玉置浩二作曲のリゾートソングだが、やっぱり浮いてるのを自覚してか冒頭に置かれた。作詞はなんと来生えつこ。少し後のバブル絶頂期に流行した「リゾラバ」をテーマとしている。こんなバカンスついでの危険な遊びに興味を抱く歌詞が書けるとは思わなかった。

「秋はパステルタッチ」
(作詞:来生えつこ/作曲:高中正義/編曲:高中正義瀬尾一三)
ギャル時代のマドンナっぽい、アイドル向けのエレポップ。いまならTommy february6と言った方が分かりやすいか。高中正義による数台のシンセで構築したクラシック・エレクトロはDTM時代の今、逆に新鮮に響く。北ウイングの「霧の街」と違ってこちらの彼は「南の島」にいるもよう。でもまだ多幸感があって救いのある内容。

「October Storm─十月の風─」
(作詞:康珍化/作曲:林哲司/編曲:萩田光雄)
何やらあることないこと吹き込まれた彼氏の元へ車を飛ばすという疾走感のあるラブソング。ツッパリ歌謡の発展型とも言える。北ウイングコンビによる曲なので、これもシングル候補だったのだろうか。

「リ・フ・レ・イ・ン」
(作詞:松井五郎/作曲:松田良/編曲:萩田光雄)
サビを最後まで引っ張る構成で工夫された歌謡バラード。松田良氏も結果的に明菜のシングル経験者となった。まだ業を背負った感じが薄いからこそ成立しうる、ポジティブな別れ歌。

「地平線(ホライゾン)」
(作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:萩田光雄)
来生姉弟による「異邦人」を意識しまくったエスニック歌謡。ここで既にSAND BEIGEなどの孤独な旅路線があった。影は薄いけどこれも名曲。自ら彼の元を離れてしまう孤独さがもう板についてるとは…。

「哀愁のMidnight」
(作詞:有川正沙子/作曲:玉置浩二/編曲:萩田光雄)
また玉置氏作曲による、彼の吐息まじりの歌声が聞こえてきそうなボッサ風の哀愁ソング。全体的なハイトーン使いの曲はすごく珍しい。摩天楼という今や懐かしい大人アイテムが登場している。

十戒(1984)」
(作詞:売野雅勇/作曲:高中正義/編曲:高中正義萩田光雄)
ここまでやれば満足だろ!と言っていいくらいやりすぎなツッパリ歌謡シングル第3弾。編曲に高中氏の名前が先にあることからも分かるように打ち込み・シンセサイザーメインによるアレンジとなっていて、禁区の謎ピコピコのリベンジはここで果たせたのではないか。
オケヒットだのキラキラ音だの雷だの、とっちらかった効果が邪魔しない程度に後ろで小さく鳴るミックスが秀逸。この次のシングルが「飾りじゃないのよ涙は」であることに改めて驚く。少女Aから連綿と続いた売野氏によるツッパリ路線はこれにて終了となった。

「白い迷い(ラビリンス)」
(作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:萩田光雄)
また来生姉弟によるバラード。これは十戒とシングル候補に並んでいた曲だという。実は来生姉弟による名曲提供もここで終わるのである。歌詞の世界は既に冬に達している。

「Blue Misty Rain」
(作詞:有川正沙子/作曲:松田良/編曲:萩田光雄)
シャット・アウトに続いてファンキーなミドルナンバー。ついこの間までウソっぽいエロソング歌わされてたとは思えない堂々とした歌いっぷり。しかし、同じ松田氏による曲だが、まだアップテンポとバラードの組み合わせで書いて貰ってるんですね。

「ドラマティック・エアポート─北ウイングPartⅡ─」
(作詞:康珍化/作曲:林哲司/編曲:萩田光雄)
見てそのまま聴いてそのまま、北ウイングの続編。ベタだしあざといんだけど、ここまで徹底すれば逆にかっこいいと思うか、企画臭が嫌だと思うかはリスナー次第。それにしても萩田さん、林さんのアレンジをしっかりなぞっているのが見事だな。後に南野陽子で大滝アレンジをなぞることになる手腕は既に発揮している。

というわけで、前作ANNIVERSARYに続いてアイドル歌謡を歌っていた少女が大人のシンガーへと駒を進めるべく、今までのおさらいとこれからを提示した好盤となった。
歌唱力もどんどん向上している時期だけあって
アイドルも楽しめるし、大人シンガーも楽しめるし、大衆への分かりやすいセールスポイントもある、中森明菜としてはむしろ珍しい部類の「J-POP的」な作りのアルバムである。
これを以て、次からいよいよ本人の趣味と実益を兼ねた独自路線へと邁進して、名盤「BITTER & SWEET」の登場となる。

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