Dangerous Charms

個人の感想です

中森明菜「ANNIVERSARY」

オリジナル盤発売日:1984年5月1日

中森明菜6枚目のアルバム。正式タイトルは「ANNIVERSARY FROM NEW YORK AND NASSAU」で、ニューヨークとバハマのナッソーにてレコーディングを行っている、らしい。発売日はデビューと同日、ということでアニバーサリーというタイトルとなっている。
時期は早いが夏向けを意識したアルバムで、実際その通りのコンセプトの曲も入っているけれど、基本的には今までと同じ、シングル候補の詰め合わせを思わせる作り。
シングルは北ウイングを収録しているが、それから始まって旅に出ました、みたいなのを意識したのかも知れない。
これまでリリースしたオリジナルアルバムは、詞・曲・アレンジ共に「懐かしいアイドル歌謡」と括ってしまっても差し支えないような内容だったものの、このアルバムから(シングルは北ウイングから)は段落が変わっている。彼女の本領発揮はむしろここからだと言える出来映え。
楽曲はもちろん、本人の歌唱からジャケットから全部「何かが変わった」と確実に感じること間違いないのでは。
まずジャケットからして雑誌の表紙を意識したオサレなものになっているし、一緒に写ってる謎のオッサン、これはバハマでのロケで警備員だか警察官だかと偶然一緒に撮ったもの。というわけで素の表情なのが丸わかりである。
アイドルのジャケットといえば顔面ドアップが基本である中、このような写真を採用したことがまず異例。
そして、楽曲面においてもエトランゼまでの出来がウソみたいに改善されている。何でも、北ウイングの林哲司中森明菜本人による希望で起用されたという。そして林哲司は「ツッパリソング」と「清純ソング」を止揚したような楽曲を意図的に制作した(これは林哲司本人による述懐である)。
それに引っ張られるかのように、アレンジ面においてもフュージョン方面へぐっと舵を切っている。そして萩田氏が編曲に1曲しか参加していないのも特徴。
デビュー2年目ということで、さすがにスタッフもナンチャッテではない、新たな段階へ進ませる必要性を感じたのだろうか?
その証拠にジャケットの下に小さく表記されている英文があって、その大意は「新しい明菜の最初の一歩を祝うアルバム」らしい。確かにそうなのだが、じゃあエトランゼとはいったい何だったのか…。

歌詞においても、それまでの歌謡曲のセオリーとしてずっと横たわっていた「男の付属物としての女」から、より実存的な女像へとシフトさせ、大人のシンガーへ駒を進めている。これは一部楽曲を除いて殆どが女性作家による詞作であることも大きいのだろう。

「アライサム」
(作詞:三浦徳子/作曲:玉置浩二/編曲:瀬尾一三)
玉置浩二作曲のラテンフレーバー溢れるリゾートソング。前年にリリースした禁区のB面「雨のレクイエム」も玉置氏の作曲なので、もしかするとその時にセットでもらった曲かも?

「まぶしい二人で」
(作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:若草恵)
来生姉弟によるバラード。いったいさよならねとは何だったのか…と思いたくなるいい曲。

「Easy」
(作詞・作曲:尾崎亜美/編曲:瀬尾一三)
尾崎亜美によるシャッフル歌謡。松田聖子に提供する前に実は明菜に書いている。ツッパリ歌謡の路線でありながら、本当は臆病で弱いというテーゼは飾りじゃ〜で実を結ぶこととなる。

「夢を見させて…」
(作詞:中森明菜/作曲:J.Smith/編曲:若草恵)
中森明菜作詞のバラード。詞先で曲は後から付けたと思われる、歌詞というよりはポエムというか独白文のような…。既に聖子と肩を並べるアイドルとなっているのに自信が持てないままだという、あまりに卑屈すぎる内容。

「北ウイング」
(作詞:康珍化/作曲・編曲:林哲司)
そんな前曲の鬱っぷりを晴らす役割を果たしている。説明不要の名曲。

「100℃バカンス」
(作詞:売野雅勇/作曲:細野晴臣/編曲:瀬尾一三)
細野晴臣作曲。これはもしかするとリベンジかも知れないぞ。あの不穏な禁区と違って今度は成功してるし、明るくてバカっぽい歌詞はこの時期にしか歌えない貴重なクラシック・テクノ。

「夏はざま」
(作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:瀬尾一三)
来生姉弟のバラード。こちらは打って変わって悲恋である。やっぱりエトランゼではムリして特性に合わない曲作ったんだな。

「メランコリー・フェスタ」
(作詞:来生えつこ/作曲:佐瀬寿一/編曲:萩田光雄)
サンバ風のラテンフレーバーソング。これはミ・アモーレの原形だろう。シングル級のいい曲なのに知名度低すぎ。

バレリーナ
(作詞・作曲:尾崎亜美/編曲:若草恵)
尾崎亜美によるバラード。Aメロがフェイドインから始まりバンドが入るのはサビのみ。歌がしっかりしてないと無理な構成。それにしてもツッパリ歌謡とバラードなんてエトランゼを思わせる組み合わせだな。

「シャット・アウト」
(作詞:有川正沙子/作曲:国安わたる/編曲:若草恵)
次作「POSSIBILITY」の路線を思わせるブラックテイストな曲。このツッパリながらも心を閉ざすかのような方向に行くのが中森明菜の実存。

というわけで、いきなり名曲・良曲ばかりで占められたアルバムとなったのだが、手放しで素晴らしいと言えるわけでもない。
別にコンセプトアルバムというわけでもなくフツーに詰め合わせであることは前作までの路線と変わりないし、続けて聴いてると北ウイングがなんだか浮いてるように感じる。
これは次のPOSSIBILITYに入った「サザン・ウインド」と入れ替えた方が合ってるんじゃないかな。逆にあっちは北ウイングの方が合っているような。だって北ウイングの続編ソングがあるし。
つまりはそういうアルバムだということ。次作とシャッフルしてもそこまで変わりなさそうな感じ、という意味ではこのアルバムそのものより、単純に曲がよくなっただけ。
というわけでアルバムそのものの質は次の次、ビタスイまで待たないといけない。