Dangerous Charms

個人の感想です

中森明菜「Cross My Palm」

オリジナル発売日:1987年8月25日

12thアルバム。
87年にリリースした唯一のアルバム。
(CD'87が既にリリースされているが、これは作品としては特殊なため除外)
全曲英語歌詞による作品のためか、34万枚の売り上げにとどまった。

普通日本人が英語による歌唱で作品を出すとすればそれは海外市場を視野に入れたものか、オサレな洋楽風気取りによるもののどちらかである。
事実、松田聖子は海外リリースには至らなかったものの85年にSEIKO名義で英語アルバムを出しているし、独立後に海外進出にチャレンジしている。その前にもピンクレディーが海外進出したことは有名である。
海外進出といえば大抵、一定の成功を収めた者が、国内でこれだけ成功したのだから次は海外だと向こうものの音楽に挑戦するものの、あまり相手にされないで戻ってきたらその間疎かにしていた国内の客にも逃げられて…という悲劇がつきものである。
そりゃ、日本で受ける要素と海外で受ける要素に大きなギャップがあるのだから当たり前といえば当たり前だし、うまい具合に向こうに合わせた音楽を作れたとしても、わざわざ外国人の「上手な偽物」を買わなくても国内にいくらでも「本物」が転がっているのだから、選ばれるわけがないのだが。
(ひとつの例としてビヨンセのCrazy in Loveを挙げる。あれを「歌」として日本の大衆は受け入れないだろう。宇多田だMISIAだと騒がれはしたが、結局受け入れられたのは「歌謡曲」としての部分である)

結果的に上手くいった例を見てみたら「あちらでは見られないもの、かつあちらの人にとっても理解できる要素があり面白いもの」のようである。それを考えたらピチカート・ファイヴやBABYMETALが受けたのは頷ける。あとは「あちらでも受けたアニメ主題歌」とタイアップされると興味を持たれるようだ。UTADA名義で成功しなかった宇多田ヒカルが後に通常名義でビルボード入りできたのはエヴァ経由によるものだろう。

話がズレたが、今回取り上げる中森明菜のアルバムはそのような海外進出を目論んだものでは全くない。
デビューしてから早い段階で彼女には英語で歌いたいという願望があったようで、それをようやく実現させたのが本作ということだ。
ディレクターにとっても実験作という認識だったようで、この作品で云々というよりこれによって彼女がこの先どういう風に化けていくかということの方を重要視して制作していたようである。

そう、上に書いたようにこのアルバムでも明菜さんはまたしても実験に走ったのである。
つまり、歌詞が英語というだけにとどまらず、シングルでは毎度お馴染みのあの歌声を全く聴くことができないアルバムだ。
この頃のファン、よく付いてったな…と思うことしきりである。シングルの方では2月にTANGO NOIRでファンも安心の明菜ビブラートをサービスしていたからいいものの…。
アルバムのコンセプトとしては、当時の洋画サントラはヒット曲のコンピレーション盤のような構成になっていて「フットルース」や「トップガン」が日本でも大ヒットしていた。それをひとりで再現できないか?というものだそうだ。
だから「不思議」では思いっきり歌ったものをミックスでいじくり倒し、「CRIMSON」ではミックスは普通だが全編に渡って囁くように歌い、今作では1曲ごとに歌い方をガラリと変化させるという手法となった。
つまりシングルでは大衆に浸透した「中森明菜の声」をアルバムではあえて壊す方へと動いていたのである。レコード大賞受賞するほどの歌手としての絶頂を迎えながら、それと同時に実験を繰り返すという胆力には驚くほかないが、それが今となっては珍しくもない手法なのだから彼女のセンスに脱帽しながら聴き入るのが正しいやり方である。

このアルバムでも実験作の宿命として英語の発音をあげつらう声が少なくないが、そもそも外国人に聴かせることを最初から考慮していないアルバムなのでそれは的外れな批評であるし、ネイティブ並みの発音を後から身に付けるのは土台ムリな上に、たとえ出来たとしても洋楽リスナーはそれなら最初っから洋楽聴くでしょ。
あくまで「それっぽいアルバム」として楽しむのが正解なのだ。

1.CROSS MY PALM
(作詞:Barrie Corbett , John De Plesses/作曲:Chris Morris)
2.POLITICAL MOVES
(作詞・作曲:Julia Downes , Roger Bluno , Ellen Schwartz)
3.SLAVE FOR LOVE
(作詞・作曲:David Batteau , Don Freeman)
4.EASY RIDER
(作詞・作曲:David Batteau , Danny Sembello , Gardner Cole)
5.MODERN WOMAN(FEMME D'AUJOURD'HUI)
(作詞:Janne Mas/作曲:Romano Musumarra , R.Zaneli/英語詞:Linda Hennrick)
6.THE LOOK THAT KILLS
(作詞・作曲:Biddu , Winston Sela)
7.SOFT TOUCH
(作詞・作曲:Steve Skaith , Steve Jeffries)
8.MY POSITION
(作詞・作曲:Tony Humecke , Jenny Batteau , Robin Lane)
9.THE TOUCH OF A HEARTACHE
(作詞・作曲:Jill Colucci , Roger Bluno , Ellen Schwartz)
10.HOUSE OF LOVE
(作詞・作曲:Sandy Stewart)
11.NO MORE
(作詞・作曲:Steve Skaith , Steve Jeffries)
12.HE'S JUST IN LOVE WITH THE BEAT
(作詞・作曲:Roy Freeland , Roger Bluno , Ellen Schwartz)